若くして天才ピアニストと呼ばれた成瀬玲司は、交通事故でピアニストとしてのキャリアと最愛の妻を失い、今はピアノ調律師として生計を立てている。

成瀬は音階が色で見える色聴と呼ばれる共感覚を持っていたが事故でその能力を失い、その代わりに調律師だった妻が持っていた、音を聴くことによって香りを感じる「共感覚」を得た。

この作品は妻を亡くしたショックからなかなか立ち直ることが出来なかった調律師が、様々な出会いから前向きになっていく様子を描いた連作短編集です。

「少女のワルツ」「若き喜びの歌」「朝日のようにやわらかに」「厳格で自由な無言歌集」「ハイブリッドのアリア」「超絶なるロンド」「幻想と別れのエチュード」の7篇が収められていますけど、著者のあとがきでは第二話を書き終えて第三話を書こうと思っていた頃に東日本大震災に出会ったそうです。

その影響から小説に対する作者の取り組みや考え方に変化が生まれ、この作品のテーマも六作目から変わってしまったとの事です。

管理人にはそれ程テーマに大きな変化があったとも思えませんでしたが、作中に東日本大震災が織り込まれ、成瀬の環境が変わっていくのは、作者自身の考え方の変化の現れということなのでしょうか。

ただ、そういう背景を知らなくても十分に味わいのある作品だと思います。