葉室麟「蜩ノ記」☆☆☆
些細な事から城内で親友・水上信吾と刃傷沙汰を起こし、家督を弟に譲って謹慎の身となった元奥祐筆の檀野庄三郎は、藩内の権力を握る家老・中根兵右衛門の命により、向山村に幽閉中の元郡奉行・戸田秋谷の元へ遣わされる。
庄三郎が命じられた役割は、秋谷が行っている藩主・三浦家の家譜編纂の手助けをするとともに、3年後には切腹することが定められている秋谷の動向を探り、状況を逐一兵右衛門に報告すること。
更に家族とともに暮らす秋谷が万が一脱走するような事があれば、切り捨てるように命じられていた。
秋谷が切腹を命じられた経由も知らず秋谷のもとに赴いた庄三郎だったが、事実を丹念に拾い、淡々と家譜編纂の作業を続ける清廉な秋谷の人柄を知るにつけ、秋谷が切腹を言い渡された事情に疑問を抱くようになっていく・・・。
静かな佇まいを感じさせる時代小説で、藤沢周平の作品をどこか偲ばせるようなものがあります。
公明正大で思慮深く、隠し事をしない秋谷は、まさに武士の鑑のような人物で、そのような人物に感化されていく庄三郎は、秋谷が切腹を命じられた事件の真相、権力者である中根兵右衛門の思惑、悪徳商人と藩の権力者たちとの癒着、厳しい年貢の取り立てによる百姓たちの窮乏、不作による一揆の気配、村内での不穏な動きなどを乗り越えて、秋谷の切腹を回避する手段がないものか思いを巡らせていく。
自らの命は惜しまず、武士としての矜持を大切にする秋谷の姿が、鮮やかな印象で、読み始めると一気に読んでしまう魅力があります。
武士の生き様が見事に描かれた作品だと思います。