柳広司「風神雷神」☆☆☆

風神雷神

国宝の風神雷神図屏風の作者として名高い琳派の大家・俵屋宗達の生涯を描いた歴史時代小説で、上巻の風の章、下巻の雷の章の二部構成になっています。

この物語は、豊臣秀吉が京都・醍醐寺で開いた醍醐の花見に裏方として参加した扇屋の少し頼りない後継ぎのボンが、何やら空想している場面から始まります。

京の扇屋「俵屋」の主人・仁三郎に、扇絵のデザインの才能を見出され後継ぎとして養子となった少年・伊年は、どこか足りない薄ぼんやりとした子で、「俵屋」の番頭や奉公人たちは先々を心配したが、店主の仁三郎は伊年の人並み外れた才能を信じ、伊年が不得手な接客などはあまりさせずに、伊年がしたいことを好きなようにさせていた。

そんな伊年の才能が大きく開花するきっかけとなるのが、幼馴染みの紙屋宗二の頼みを受けて行った厳島神社の平家納経の表紙絵の修繕で、この表紙絵を見た本阿弥光悦は伊年に興味を抱き、共に仕事をするようになる。

天才・光悦との共同作業から、伊年は扇絵だけでなく「嵯峨本」の下絵や屏風絵の製作なども行うようになり、京の文化人から高い評価を受けるようになり、名を宗達と変えて養父の仁三郎から家業を継いで更に家業を拡げていく。


主人公は集中すると我を忘れてしまうような人物として描かれていますが、変わり者ではあるけど我儘ではなく、また欲の少ない好人物なので、素直に共感できます。

何となくですけど、司馬遼太郎作品を読んだ時のような感覚があって、管理人は作品の世界に引き込まれてしまいました。

人物評価やそのエピソードの描き方が似ているのかも知れませんが、司馬遼太郎は芸術で名を成した人物はあまり描いていないので、司馬作品よりも自由な広がりがある伝記的な時代小説という印象を受けます。

あくまでもフィクションなのですが、俵屋宗達は謎の多い人物みたいですし、ひょっとしたら本当にこういう事もあったのかも知れないと思わせてくれる作品です。

予想した以上に面白い歴史小説でした。

 

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