北原亞以子「傷-慶次郎縁側日記」シリーズ ☆☆☆
元八丁堀の同心で、今は酒問屋山口屋の根岸の寮番をしている森口慶次郎を主人公にした時代小説シリーズの第1作目の作品です。
「その夜の雪」「律義者」「似たものどうし」「傷」「春の出来事」「腰痛の妙薬」「片付け上手」「座右の銘」「早春の歌」「似ている女」「饅頭の皮」を収録しています。
第一話「その夜の雪」で仏と呼ばれた同心森口慶次郎が逆上した姿を描いて、どんな立派な心がけの人間でも道を誤る時はあるということを伝える物語から、この人情時代劇シリーズが始まります。
一人娘三千代を妻亡き後も大切に育て、婿をもらってこれから新しい人生が始まるという時に、三千代は男に乱暴され自害します。
最愛の娘の敵をとろうと奔走する父親としての心情にも同感できますし、そんな慶次郎の身の上を案じ、その逆上した状況を乗り越えた先の慶次郎の心の変化を見通して、慶次郎が犯人を殺すのを止めようとする人々の有様も分かるような気がします。
人生良い事ばかりじゃないという当たり前の事実と、不運な自分をどのようにして納得させて人としての危機を乗り越えて生きていくのかという命題を基本に据えているところが、この時代小説の素晴らしいところですね。
2作目以降を読むのが楽しみになる時代小説シリーズの幕開けになります。