北原亞以子「深川澪通り木戸番小屋」シリーズ ☆☆☆

深川澪通り木戸番小屋

深川澪通りの木戸番小屋に住む笑兵衛とお捨の夫婦は、人生の酸いも甘いも知り尽くしたような夫婦。

おそらく昔は武家だったと噂される笑兵衛は、穏やかな風貌の中に凛としたものがあり、いつもにこやかで他人の悩みを親身になって聞いてくれるくれるお捨は育ちの良さが隠せない。

そんな二人を中心にして、深川に住む江戸庶民の生活を独特の情感で描いた人情ものの傑作時代小説です。


女性的な緻密さや視線の柔らかさに人生の哀愁みたいなものが見事にブレンドされ、人生ってなんだかんだ言っても良いもんだねと思わせてくれるような作品が多く、それが又実に心地良い気分です。

管理人は特に「深川澪通り燈ともし頃」の中に収録されている中編2作が好きです。

「藁」は、親の顔も知らない貧しさの中から狂歌師として成功していく政吉を主人公にして、人生のふとしたはずみで歯車が狂って行く人間の様子を描いています。

自分の生活に行き詰まった政吉は、木戸番小屋の笑兵衛夫婦の笑顔を見て心に安らぎを感じる。しかし安らぎを感じながらも、「俺はこれから一花も二花も咲かせる人間だ、人生も終わりに近づいた笑兵衛さん達とは違う」と思ってしまう。ここが人生に分かれ道だという事にも気がつかずに・・・。

傍観者の管理人としては、こんな時にそんな風に考えてしまうとは馬鹿だなぁと思いつつ、しかし向上心を持つ男としては当然そう考えてしかるべきで、それをこんな風に書ける作者の力量はすごいと思います。

「たそがれ」も、女が一人で誰にも頼らずに生きてきたけど、人生の黄昏時を迎える前に感じる何とも言えない孤独感・寂寥感を実に巧みに感じさせて、この作者は本当に上手いなあと感心しました。

そして作中に出てくる「見栄」という言葉が実に頼もしく感じ、言葉の選び方が本当に上手いなぁと思わせてくれます。

北原亞以子と言えば「慶次郎縁側日記」が代表作のようになっています。

勿論「慶次郎縁側日記」も素晴らしい時代小説ですが、管理人は「深川澪通り木戸番小屋」シリーズのしみじみとした情感の方が好きですね。

     

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