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柚月裕子 「盤上の向日葵」の感想です。

柚月裕子「盤上の向日葵」☆☆☆

盤上の向日葵

現在6冠の天才棋士・壬生芳樹竜昇に、奨励会を経ずにプロ棋士となった東大卒の異色の棋士・上条圭介六段が挑戦する竜昇戦は、両者とも譲らず第7局まで縺れ、平成6年12月に山形県天童市のホテルで注目の竜昇戦第7局が行われる事となった。

当日、その会場に二人の刑事がやって来る。

同年8月に埼玉県の山中で白骨化した遺体が発見され、遺体の胸部に鋭利な刃物で刺されたような傷があったことから、殺人事件として捜査本部が立ち上がった。

被害者の身元は不明だったが、不可解なことに遺体は将棋の駒を抱いたまま埋められ、そして遺体が抱いていた駒は、名人として知られる駒師の初代菊水月が作った錦旗島黄楊根杢盛り上げ駒と鑑定され、この駒は初代菊水月が7組作ったとされている。

重要な遺留品である駒の持ち主の捜索に当たったのは、県警捜査一課の癖のあるベテラン刑事・石破と、以前は奨励会に所属してプロ棋士を目指していた所轄の刑事・佐野だった。

二人が遺留品となった駒の所有者を調べていくうちにたどり着いたのは、竜昇戦挑戦者の上条圭介だった。


物語は二人の刑事の捜査の様子と、竜昇戦の挑戦者・上条圭介の生い立ちから棋士となるまでの足跡を交互に描いて進行していきます。

組織に馴染めず、下の階級のものを顎で使い、勝手気ままに捜査を進める下品なベテラン刑事・石破と、始めのうちは石破に反発しながらも、刑事として優れた石破に感化される若手警察官の佐野が行う聞き取り調査の様子は、正統的な警察小説の雰囲気が感じられて秀悦です。

それに比べて、長野県諏訪市で妻を亡くした後ギャンブルにのめり込み、育児放棄をする父親に育てられる少年・上条圭介の物語は重い。その上条少年がどのような経緯で将棋のタイトル戦に挑戦するまでになるのか、この作品のメインテーマはこちらの物語の方です。

一方ではプロ棋士を諦めて刑事となった佐野の挫折と、正統的な勝負の世界を描き、他方では奨励会を経ずに棋士となった上条の凄惨な人生を描きながら、更に金を賭けた将棋の真剣勝負に引き込まれた男たちの業のようなものを描いています。

終盤に至って明らかになる作品のタイトルの意味と圭介の真相。すごい展開の読み応えのある作品で、とても面白かったです。