富田常雄「姿三四郎」☆☆☆
江戸から明治に変わってしばらくが過ぎた頃、会津出身の青年姿三四郎は武術を修めようと柔術家門馬三郎の門を叩いた。
しかし明治維新から年月が過ぎ、柔術界は荒廃し柔術では門人も集まらず食べて行けない時代となっていた。その原因に学習院の教師矢野正五郎が起こした講道館柔道があるとして、講道館に反感を抱く門馬の弟子たちは、入門に来た三四郎を連れて矢野正五郎を夜討ちしに出かける。
闇討ちに会った矢野正五郎は武術家とも思えぬごく普通の体格の持ち主だったが、暴漢たちに怯むことなく全員を投げ飛ばし、それを見た三四郎は講道館に入門し矢野正五郎の弟子となる事を決める。
持って生まれた才能から技を磨いて頭角を現し、講道館の四天王と呼ばれるまでになった三四郎だが、とある事情から警官を投げ飛ばす大事件を起こしてしまう。
その事を武道を習う三四郎の驕りと見た矢野正五郎は、彼を強く叱責するが、自分の正義を信じて疑わない三四郎は、師匠に反発していつでも死ぬ覚悟があると池に飛び込むものの、池の中の杭に掴まったまま身動きが取れなくなってしまう。
自分の意地から池を出られず、かと言って死ぬことも出来ず、身動きができないまま水の中から月を見ているうちに、三四郎は思わず涙し、自分の傲慢さに気がついて、真摯な気持ちで修行に打ち込むように変わっていく。
そして、警視庁の武術師範の座をかけた一世一代の試合に、講道館柔道の代表として、柔術界を代表する良移心当流師範村井半助に挑むことになる。
柔道小説の傑作中の傑作です。
柔道を代表する人物と言うと、講道館の創始者嘉納冶五郎よりも姿三四郎の名前がすうっと思い浮かぶのは、おそらく管理人だけではないでしょう。
三四郎は武道の道を極めようとする者として、柔術や空手、ボクシング、果ては中国拳法や忍術のような奇怪な技を持つ達人たちと、止むに止まれず対峙せざるを得なくなり、柔の道を追求することにより人間として成長して行きます。
こういうところは昨今の格闘系マンガの原点のような小説です。
しかし管理人はそういう格闘シーンよりも、純朴な青年三四郎が出会う明治の香りがする様々な人物や女性たちが好きです。特にヒロインの乙美さんが大好き。
三四郎と戦い、敗れ、以来身体を壊した柔術家村井半助の娘として、敵地講道館に三四郎を訪ねた乙美が三四郎と出会う場面は下手なロマンス小説よりも余程劇的です。
父が敵ながら天晴と褒めてやまない、乙美にとっては憎き敵・姿三四郎。
姿三四郎に敗れて以来、療養するも死期が近づいた父に頼まれ、敵地講道館に姿三四郎を訪ねた乙美さんの前に現れたのは、雨の日に下駄の鼻緒をすげ替えてくれて、その後も偶然の出会いを繰り返して、密かに思慕の念を抱いていた、法律学校の書生さんだと思い込んでいた人だった・・・。
一緒に歩きながら「君は何故僕を憎まない」という三四郎に対して、「ムリです」と言いながら突然泣き出す乙美さん。メロドラマですねぇ。
主人公の三四郎は求道者で「柔」の道に命を懸けていますが、色恋には極めて鈍感な青年。乙美さんはそんな三四郎をひたすら待ちます。
登場人物がともかく純朴で一途です。
三四郎と乙美の出会い、三四郎の正体を知った時の乙美の驚愕、三四郎のプロポーズ、そして・・・・。という訳で、柔道小説というよりも一種の純愛小説・青春小説として管理人はこの作品が大好きです。