篠田節子「ハルモニア」☆☆☆
まるで天使のような美しい容貌の女性・浅羽由希は、他者と意志の疎通が出来ない障害者で、自分がうるさいと感じれば赤ん坊の口にトイレット・ペーパーを詰めるような真似も平気で出来た。
そんな由希を担当する臨床心理士の深谷は、チェロ奏者の東野秀行にチェロの演奏を由希に教えるよう依頼した。
東野の弾くチェロに強い興味を抱いた由希は、いつしか天才的な音楽の能力を示し始める。
真摯に音楽を受けとめ、その奥深さを鑑賞する能力はあるものの、自分の内にある何かを音で表現する技術を欠いている東野は、完璧な技術を持ち始めた由希に羨望を抱くが、反面由希の能力には大きな限界が有った。
他人に合わせられない、自己を表現する技術を持ちながらも表現すべき自己がない。
そして由希には音楽の才能以外にも不思議な力があった。
天才・由希と凡人・東野の関係にモーツァルトとサリエリを連想しましたが、由希に対する羨望の念は東野の心の中の一部にしか過ぎず、東野は由希には人真似でない自己を表現して欲しいと願い、由希がそう出来るように何でもする気持ちになっていきます。
誠実な東野の音楽と由希に対する思いが切ない。
芸術の奥深さ、そしてそれを理解する事の難しさ、人の気持ちの様々な矛盾。
人間性と芸術の在り方や物事の本質に迫る残酷なまでの切り口に迫力を感じました。