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パトリシア・A・マキリップ「妖女サイベルの呼び声」の感想です。

パトリシア・A・マキリップ「妖女サイベルの呼び声」☆☆☆

妖女サイベルの呼び声

ただ一人でエルド山の山奥に住む若き魔術師の女性サイベルは、強い魔法の力で幻獣を呼び出し、赤い眼・白い牙を持つ聡明な猪サイリン、ティルリスの黒鳥、緑の翼竜ギルド、黄金の獅子ギュールス、緑眼の巨大な黒猫モライア、青い眼の隼ターなどの伝説の獣たちと静かに暮らしていた。

そんなある日、サイベルの元に赤児を抱いたサールの騎士コーレンが訪れ、赤児タムを預かって欲しいと頼み込む。

コーレンの話では、タムはサイベルの母方の叔母リアンナが産んだ子だが、リアンナの夫エルドウォルド王ドリードの子ではなく、コーレンの兄ノレルの子だと言う。

今コーレンの国サールはドリードとの戦で敗退しつつあり、このままではタムの命が危ない。

そんなコーレルの必死の頼みを断れずに、隠者のような生活をしているサイベルはタムを預かり育てることになる。

タムを幻獣たちとともに育て、一緒に暮らしているうちに、タムに強い愛情を抱くようになるサイベルだったが、数年の月日が流れた頃、コーレンが再びサイベルの元を訪れる。


幻獣を求め一人で孤独な生活をおくるサイベルの世界を、導入部の驚くほど簡潔な文章で見事に表して、語られない言葉で魔法使いサイベルの心の内を描いている美しいファンタジィです。

他人と距離を置き、人間よりも幻獣と共に生きることを選んだ冷血な女性のように見えながら、実は豊かな感情と愛情の持ち主サイベルの心がリリカルにかつ厳しく描かれていて、静謐な中にも激しいものが伺えます。

1975年から始まった世界幻想文学賞の第一回受賞作で、早川書房がハヤカワ文庫SFカテゴリーからファンタジィを分けて始めたハヤカワ文庫FTの最初の作品になります。

良くある単純なエピック・ファンタジィとは違う、叙情性豊かなマキリップの作品らしい愛と発見のファンタジィで名作だと思います。