佐藤雅美「半次捕物控」シリーズ ☆☆☆
半次捕物控シリーズは江戸の岡っ引き半次を主人公にした時代小説のシリーズで、1作目の「影帳」と2作目の「揚羽の蝶」以外は連作短篇集になっています。
佐藤雅美作品らしい時代考証が目に鱗で、特に1作目の「影帳」を読んだ時には江戸時代に対する認識が少し変わったような気がします。
また、多くの佐藤雅美の時代小説シリーズと同様に、シリーズ1作目はどことなく冷めた雰囲気で単純なハッピー・エンドとは少し違うのですけど、シリーズを重ねる毎に滑稽な味わいが出てくるような印象があります。
岡っ引きというと、管理人はまず銭形平次のような現場の警察官をイメージします。
町の人達から親分親分と頼られている存在。中には賄賂を貰って便宜を図る庶民の敵のような十手持ちもいるけど一応は奉行所から鑑札を貰って江戸の治安を維持している人たちというイメージで、こういうイメージを持っている人が多いのではないでしょうか。
ところが岡っ引きというのは実は犯罪者とどっこいどっこいの悪い奴らだったいう説が現れます。
正規の警察官とも言うべき町方同心の人数が少ない江戸で犯罪に詳しいのは犯罪者。だからこそ同心は犯罪者仲間の彼らを安い給金でこき使い、岡っ引きは権力を笠にきて悪さをして町民から忌み嫌われていたという説。笹沢左保の「岡っ引きどぶ」はそんな感じだったと思います。
しかし佐藤雅美の岡っ引きの生態はもっと合理的です。
江戸の町で盗みなどの事件が起こると、奉行所のお白州に行って取り調べや申し開き・証言をしなくてはいけない。
更に自分だけではなく住んでいる町の大家・家主など関わりのある人たちにも一緒に行って貰う必要がある。
これで忙しい一日がつぶれた上、関係した人たちには食事を出したりお礼をしたりする必要があり、とんでもなく面倒だった。
だから江戸の庶民は出来るだけ当事者同士で話をつけたかったが、それもまた難しい。
そこで岡っ引きを頼った。岡っ引きは引き合い茶屋と呼ばれる店に出かけて、そこで相手方の岡っ引きと調整をした。ある意味一種の弁護士が示談交渉をしているみたいですね。
このシリーズはそんな岡っ引きの生活を前提にしながら物語が組み立てられています。
「影帳」は特に大江戸ミステリィの要素も強くて、そこに米相場が関係してきたりして話が膨れ上がります。
結末も上手くまとめて完結し、多分連作時代小説にする積りなどなかったのではないかと思います。
2作目以降は何となくゆるやかな雰囲気が出てきて、固い話だった影帳とは趣が随分と変わった印象を受けますが、これはこれで大衆時代小説という感じがして管理人は好きです。
そうか、江戸時代はこんな時代だったのか。基本は現代とそんなに変わらないんじゃないのかな、とそんな気持ちを感じさせてくれる作品です。
人情味があったり、逆に妙に冷たかったり、へんてこな制度があったり、それを運用で補ったり、ともかくリアリティを感じさせる江戸時代を味わえる佐藤雅美ワールドが堪能できる作品の一つで、管理人はお気に入りです。