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小田雅久仁「残月記」の感想です。

小田雅久仁「残月記」☆☆☆

「残月記」というタイトルだけを見ると、何やら風情のある歴史・時代小説というイメージを受けますけど、実際には怪しく恐ろしい月を主題にした、独特の雰囲気の3篇の作品からなるダーク・ファンタジィの短編集でした。

「そして月がふりかえる」は平行世界モノという感じの怖い物語。

35歳の大学の准教授。愛する妻と可愛い二人の子供に恵まれ、著作も評判を呼び、これから人生の花が大きく開花するという男性が家族と出かけたレストランで、外を見ると月が怪しく輝き、全ての時間が止まっていた。そして止まっていた時間が動き出した時、世界が大きく変わってしまい、妻や子は見知らぬ人を見る目で自分を見て、自分は見ず知らずの男と入れ替わっていた。

思わせぶりな終わり方で、これはこれから始まる物語の導入部かと思っていたら完全に独立した短編でした。この後の物語が読みたいと切に思いました。

「月景石」は石を集めるのが趣味だという風変わりな叔母が亡くなり、叔母が大切にしていた月の風景が見えるという石を形見として貰った女性が主人公の物語。

叔母は石を枕の下に入れて眠ると月に行く夢を見れるが、それはとても「悪い夢」だから、けっしてしてはいけないと言った。

同居するパートナーに月景石の話をした事から、ある夜何気なく石を枕の下にして眠ると、彼女は月の世界で囚われの身となり護送車で運ばれるリアルな夢を見た。

夢を見るというよりも月の世界の住人に転生する女性と、その影響から彼女の周囲で起こる不思議な出来事を描いたダークファンタジィでした。もう少し割り切れるラストの方が好きかな。

表題作の「残月記」は治療法がない伝染性の奇病・月昂の流行により、日本が独裁者に支配される全体主義国家になってしまった世界を舞台に、月昂を発症した青年の闘いと生涯を描いた作品。

地球上での理不尽に抑圧された生活と、彼が転移する荒廃した月世界の描写が秀悦です。

フィリップ・K・ディックの作品のような奇想のSF小説のように感じました。

現実世界が崩れていく物語と、現実と異世界が交差する物語と、完全に架空の世界の物語という3篇で、構成が見事でしたね。面白かったです。