面白い本を探す

宮部みゆき「名もなき毒」の感想です。

宮部みゆき「名もなき毒」☆☆☆

名もなき毒

日本屈指の企業グループ今多コンツェルン会長の娘と結婚した、いわゆる逆玉の編集者・杉村三郎を主人公にしたミステリィ「誰か」の続編になる作品です。

三郎が勤務する今多コンツェルン会長室直属のグループ広報室が発行する広報誌「あおぞら」編集部に、アシスタントとして雇われた原田いずみは、編集長と対立して職場を辞めてから編集部を逆恨みして色々な事件を起こすようになる。

一方でコンビニで買った紙パックのジュースを飲んだ老人が、ジュースに混入された青酸カリにより死ぬという事件が起こる。

一見すると関係のない事件。しかし三郎が広報室を辞めた原田いずみの素性を調査するために赴いた私立探偵の部屋に居た少女が、青酸カリ事件の被害者の孫娘だったことから、2つの事件が交差するように進みはじめ、そして当初は編集長に対する嫌がらせだった原田いずみの標的は、三郎とその家族にまでは広がっていく。


一見すると普通の人だけど、エキセントリックで思い込みが激しく他人に迷惑を与えて、しかも自分の非を認めない人間が近頃増えている印象があります。

そしてそういった人物が起こす大きな事件がニュースになる事が増えているように思います。

昔はそういった衝動的で理解するのが難しい事件を起こすのは若者・・・という印象があったかと思いますけど、近頃では分別があるはずの年配者のほうがキレることが多いような気がします。

かつては社会全体に、そういう行動を抑圧するような空気があったのだと思いますが、今では自分が思う通りに生きて構わない、まず自分を大切にしたいという気持ちが強くなりすぎて、しかし思い通りにはならない現実が有り、そうしたものがストレスになって、心の中にある小さな悪意が抑え切れない程大きくなってしまう。

そんな状況を宮部みゆきが巧に浮かび上がらせているサスペンス・ミステリィだと思います。

しかもサイコ・サスペンス風の物語とせずに、どこか救いを感じさせるような、読後感が暗くなりすぎない作品に仕上げるところが彼女の持ち味ですね。

杉村三郎が主人公のミステリィはシリーズ物になって続きますけど、単純な謎解きというよりも人間の心の中に踏み込んでいくようなシリーズになっています。

その中でも、管理人は吉川英治文学賞を受賞したこの作品が、いちばん良く出来ていると思います。