山手樹一郎「江戸名物からす堂」☆☆☆
神田八辻ガ原に立つ観相見の名人からす堂は実は身分ある武士のようだが、訳あって3年間に人を千人救うとの願をかけている。
元辰巳芸者のお紺は、飲み屋を始める前に偶然からす堂を見かけて占ってもらい、彼が言う通りにしたところ大当たり。以来からす堂に熱を上げて、つまらぬ事を勝手に想像しては大やきもちを焼いて、周りの人間を面白がらせている。
そんなからす堂とお紺のやりとりを交えながら、江戸の市井に暮らす人たちの困り事を鮮やかに解決するからす堂の活躍を描いた明朗時代小説です。
からす堂とお紺のやりとりが、どこか落語的で可笑しい。
からす堂は品行方正でものに動じない立派な人物だけど、お紺は自分にだけは品行方正になって欲しくない。なんだかんだと理由を並べて、惚れたからす堂にまとわりつきます。
それを軽くいなしていたはずのからす堂が、いつの間にやらお紺と世帯を持つような流れになっていくのがまた楽しい。
また長屋の八っつぁん熊さんといった感じの庶民がたむろするお紺の店は、人間関係が濃厚な昔ながらの明るい時代劇の雰囲気で、昭和30年代くらいまでの東京下町のおじさんおばさんを思い出します。
観相をみるからす堂の予言が常にピタリと当たるのはご愛嬌ですし、全体にたいした内容がある訳でもないのですけど、勧善懲悪の平和な話は読んで疲れないし、ストレスが癒されていくような気がします。
久しぶりに読んだ山手樹一郎の時代小説ですけど、この雰囲気はやっぱり好きですね。