砂原浩太朗「高瀬庄左衛門御留書」☆☆☆
十万石の神山藩で郡方を務める高瀬庄左衛門は50歳を超えた軽輩の武士。数年前に家付きの気が強かった妻を亡くし、今また23歳の一人息子・啓一郎を突然の事故で亡くして、嫁の志穂を実家に戻し一人暮らしをしている。
息子とはうまくいかなかった志穂は実家でも身の置きどころがないようで、このまま高瀬家に残ることを望んだが、まだ若い志穂の身を案じた庄左衛門は志穂を諌め帰した。
高瀬家に養子に入る前の若かりし頃には剣術も相当したが、道場を辞めてからは剣も遠ざかり、今は手すさびに絵を描くことだけを唯一の楽しみとする庄左衛門は、慣れない家事も一人で行い、女は偉いものだと思いながら、物音のしない家で寂しく暮らす。
そんな庄左衛門の元を、絵が習いたいといって志穂が訪ねてきた。
もう嫁に行って心の通わぬ夫と暮らすのには懲りた。これからは女一人でも暮らしていけるようになりたいと志穂は言う。
非番の日に志穂とその弟に絵を教えることにした庄左衛門だったが、いつしか郷村における不穏な動きと藩の政争に巻き込まれていくようになる。
すごく良かった。最近読んだ時代小説では一番気に入りました。
季節感があり情感が溢れる景色、初老となった武士の寂寥、若かりし頃の思い出と友人たちの行く末、なぜか彼を慕ってくれる人々とのふれあい、亡くした家族への思い、そして藩内で巻き起こる騒動と顛末。
そうした中で嫁の志穂が庄左衛門に抱く思い。それに対して庄左衛門が返す言葉が、歳を重ねた人間の思慮に溢れていて心に沁みます。
庄左衛門が人並み外れて優れた人物というわけでなく、50年の年月を実直に生きてきた平凡な武士というところも又良いですね。
20代・30代の頃に読んだなら、また違った感想を抱いたかもしれませんが、この歳になって読むとしみじみと良い作品を読んだなぁと思います。
傑作でした。