エリザベス・ムーン「くらやみの速さはどれくらい」☆☆☆
幼児期の適切な治療で自閉症が治る世界、35歳の男性ルウはその治療がギリギリ間に合わなかった世代になる。
製薬会社に勤務して、休日には健常者に混じってフェンシングを楽しみ、好意を抱く女性もいる。
自閉症ではあってもルウは一種の天才で、製薬会社での仕事もそれなりに重要な仕事を任され、しかも同僚はルウと同じような自閉症患者たち。
しかしある日、職場で自閉症に理解有る上司が左遷され、仕事の効率を上げてそれを自分の実績としたい人物がやってくる。
しかも時を同じくして、成人した自閉症患者を治療する新しいメソッドが開発され、ルウたちはその試験体になることを打診される。
気持ちが揺れ動く仲間たち。
自閉症であることも含めて今の自分だと思いつつも、しかし健常者たちが自分たちを見る目には、どこか哀れみを感じている気配がある。
果たしてルウたちは、どのような決断をするのか・・・。
近未来を舞台にして自閉症の男性ルウの視点で描かれたヒューマン・ストーリーで、展開も読みづらくて、なかなか奥が深いSF作品です。
こういう形で自閉症患者の事を描いた作品は初めてでしたので、素直に感動しました。
自閉症患者が主人公ですけど、ここで描かれるテーマはもっと幅広い障害者と健常者との関係を描いていると思います。
障害者に思いやりを持って接する人、障害者が自分より劣っていると思っている時には親切なのに、自分よりも優れていることが分かると意地悪を始める人、障害者というだけで侮蔑する人。
そして所詮健常者と自分たちは別なんだと言いはる自閉症患者もいます。
出世のためにコンプライアンス上問題がある行動を取る新しい上司や、その上司の命令に従わざるをえない元の上司などの人間関係なども、ルウはなかなかシビアに冷ややかに見ています。
自分が健常者になれる。実験台として利用される事を理解していても、ルウや他の自閉症患者の気持ちは揺れます。
障害者が画期的な治療法の出現で健常者になれる。
多分良いことなんでしょうが、そんなに単純に割り切れない気持ちを巧みに描いた作品で、色々と考えさせられました。