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ドン・ウィンズロウ「犬の力」の感想です。

ドン・ウィンズロウ「犬の力」☆☆☆

犬の力

白人の父とメキシコ人の母の間に生まれたDEA(麻薬取締局)捜査官アート・ケラーは、赴任先のメキシコ・シナロア州でアダンとラウルのバレーラ兄弟と知り合う。

アダン・バレーラと意気投合したアートは酒場で酔っぱらい、支局の捜査官として浮いている現状を嘆いたところ、アダンの叔父でシナロア州で隠然たる力を持つ警察官ミゲル・アンヘラ・バレーラを紹介される。

ミゲルの口添えで麻薬組織の大立者の逮捕に向かったアートは大手柄を立てるが、しかしそれはミゲルが新たに築く麻薬帝国の設立に力を貸す結果となった。

数年後、麻薬取締に真剣に取り組むアートは、ミゲルが麻薬カルテルの大立者であることを知り、自分が犯した過ちに慄然すると同時にミゲルの逮捕を企てているが、麻薬組織のみならずメキシコ政界・経済界にも力を及ぼすミゲルに近づくことが出来ず、更にミゲルを巡る麻薬戦争にはアートの古巣CIAも絡んだ密謀が関係していた。

ここにアートの30年に及ぶ、壮絶な麻薬カルテルとの戦いが始まる・・・。


ミゲルとバレーラ兄弟の逮捕に私怨とも言える執念を燃やすDEA捜査官アート、ニューヨークのチンピラからいつの間にか凄腕の殺し屋に変貌するアイルランド人の若者カラン、いつしか高級売春婦となる美貌の女性ノーラ、気骨あるメキシコ人のカトリック神父など、様々な人物の視点で、麻薬戦争と南米の左翼ゲリラ撲滅に関する謀略、アメリカとメキシコ社会の暗部などを炙りだした犯罪小説の傑作です。

展開が早くて乾いた文体が、終わりなき麻薬撲滅対策の矛盾や、非道な行為を繰り返す秘密組織、矛盾する行動を取らざるをえない捜査官アートの苦悩などを見事に描いています。

それでいて結末はある意味スッキリしている。

ノアール小説は苦い結末になることも多いのですが、この作者の作品は現実を踏まえながらも、どこか最終的には人間を暖かく見つめている部分があるように思います。

登場人物も善人・悪人と単純に描かれることなく、この作品でも主人公アートが犯す罪を描いていますし、アートの終生の敵となるアダン・バレーラには障害者の娘のために命の危険を犯すだけの情実があります。

置かれた状況によって善人にも悪人にもなる人の世の常がさらりと描かれているところがリアルですね。

ともかくすごく面白い小説で感動しましたが、しかしバイオレンスにも満ちていて管理人にはやや重く、おそらく管理人がこの小説を再読することはないでしょう。